mnemo

日々の!や?を3分で

パパに怒られるからという叱り方

f:id:ohiroi:20180518230306j:plain

祖父母は孫に甘い。孫のしたいことであれば、一見理不尽なことであろうがなかろうが、包容力をもって全力で応えてあげる。それこそが祖父母の存在意義でもある(大げさ)。ただ、時として親であれば見過ごせないことがあるのも事実。

 

多くの場合、それは子育ての方針に関わる部分で、絶対にいけないことかと問われると必ずしもそうではない。別に命に関わることでもないし、どちらかというと親の信条なのかもしれない。だからこそ、大事にしたかったりする。

祖父母といる時は特別ね、とすることも少なくないが、毎回というわけにもいなかい。

テンプレート

娘「(娘)ちゃん、○×○×したいの☆」

祖母「じゃあ、一緒にしようか♪」

私「ダメダメ!」

娘「(娘)ちゃん、○×○×したいのぉ~☆」

祖母「いいじゃない、それくらい」

私「悪い習慣になっちゃうから」

娘「(祖母)としたいのぉ~~(泣)」

祖母「可愛そうじゃないの」

私「すぐ他のことに興味が移るから大丈夫」

祖母「可愛そうねぇ、、、

   パパに怒られるから、やめましょうね」

私「・・・。」

娘「う~ん(ぐすん)」

 

その後、他の遊びなどを提案すると、おおよそコロッと泣き止む。

ちょっとズルいけど、間違ってはいない

結局、娘にとっては一時的なもので、核心的な問題ではないことは明らかなのだが、時々しか会えない祖父母にしてみれば、目に入れても痛くない孫に絶対悲しいことはさせたくない。娘が泣くということは、もう一大事なのである。逆に私たち両親からしてみれば、またいつものワガママが出たという程度でしかない。その認識のギャップが、こうしたやりとりを生む。

さて、ここで気になるのは「パパに怒られるから」というフレーズ。

私からしてみれば、してはいけないことをしているのだから、その理由を言って、止めさせるべきと思うのだが、そこが<私に>怒られるからという理由にすり替わっている。なんだか私のせいにされているようで、釈然としない。

しかし考えてみると、全く間違っていないのである。

  1. そもそも祖父母はいけないことだと認識していない
  2. ただ、娘がそれをすると、私は怒ることになる
  3. 怒られるとイヤなので、娘は思いとどまる(こともある)

ここでは、①親は悪者にならない、②私も娘をやめさせられる、③娘も怒られない?という三方得な状況が生まれる。とてもそこまで考えて祖父母が言っているとは思えないのだが、こう考えると、なんだか非常に適切なフレーズのように思えてくる。

本当はこうしたやりとり自体が起きないのが理想なのだが、そこは祖父母と親の役割の違い。きっと祖父母が子育てをしていた時も同じような会話を繰り返していたのかもと思うと、随分先のことになると思うが、私もいつか娘に対して「パパに叱られるから」と言っている日が来るのかもしれない。

悔しいので負け惜しみ

実は、私はあまり怒らない。「ダメっ!」と声を荒げることもあるが、どちらかというと、ダメな理由を懇々と説明して、納得させる。本当に強く叱ったのは数えるほどで、その時は、どうも背後に青い炎が見えたらしい(妻の証言に基づく)。そのため、パパが怒るからというのは、恐怖心を煽る効果は実は高くない。

むしろ、効果的なのは「ピー(自主規制)に怒られるから」

というのは内緒のことである。